ゼフィラトリクス 公式
一つの星
「ジェミニ・ソロ」

これは、遠い昔の話。
そして、私たちが辿るはずではなかった、もう一つの結末。
とある村に、私たちは生まれた。
同じ黒髪、同じ紫紺の瞳、同じ声。
生まれた時から私たちは一つであり、一つであるからこそ二人だった。
村人たちは私たちを「聖なる子」と呼んだ。
飢えた者に食事を分け、泣く子に歌を聞かせ、病に倒れた者の手を握った。
私たちは、ただ誰かのために笑うことを覚えて育った。
だが、平穏はあまりにも脆かった。
ある夜、村を魔物が襲った。
鎧をまとい刃を通さぬもの。
目元を黒く塗り潰され、竜巻を呼ぶもの。
骨だけとなってなお人の形を真似るもの。
それらは皆、何者かに操られるようにぎこちなく、けれど確実に村を壊していった。
私たちは逃げた。
隠れた。
震えた。
けれど空腹だけは、恐怖よりも深く体を蝕んだ。
倒れた魔物の肉を口にした時、私たちの中で何かが目覚めた。
吐き気を催すほどの味。
骨の髄まで拒絶したくなる匂い。
それでも飲み込むたび、燃えるような力が体の奥に満ちていった。
私たちは魔物を食らった。
村を壊したものを。
大切なものを奪ったものを。
私たちから何もかも奪おうとしたものを。
そして数日後、村を襲った魔物は一体残らず消えた。
村人たちは言った。
「やはり聖なる子だったのだ」と。
その時、母が私たちを抱きしめた瞬間に崩れ落ちた。
私たちの力は、触れた命さえ奪うほどに肥大していた。
私たちは地下へ幽閉された。
救ったはずの村に恐れられ、愛されたはずの人々に石を投げられ、光の届かない場所へ落とされた。
扉の向こうでは、太陽の下で人々が生きている。
扉のこちらでは、私たちだけが飢えと闇の中で呼吸している。
悲しみは憤怒になった。
憤怒は嫉妬になった。
嫉妬は、やがて言葉を失うほど黒い空腹になった。
時折、報酬目当ての冒険者がやってきた。
彼らは私たちを討つために剣を抜き、魔法を放ち、英雄のように名乗った。
だが、私たちは強すぎた。
地下に響く悲鳴。
折れる剣。
消える足音。
冒険者は帰らず、私たちはまた生き延びた。
幾年も過ぎた頃。
数十人の冒険者が地下へ踏み込んだ。
扉を開ける者は皆、こちらを殺しに来る。
戦いは長く続いた。
冒険者たちは倒れ、私たちもまた血を流した。
それでも神器の剣は一本、また一本と、力を封じる楔として私たちの体へ突き立てられていった。
その時だった。
片方の胸を、冒険者の白い刃が貫いた。
「……え?」
痛みより先に、私の片割れは不思議そうに声を漏らした。
まるで、自分だけが置いていかれる理由が分からない子供のように。
黒い髪が床に広がる。
紫紺の瞳から光が消えていく。
私は叫んだ。
名前にならない声で。
喉が裂けても構わないほどの声で。
やめて。
返して。
わたしの半分を返して。
最後、死にかけた片割れは泣かなかった。
あの子は、最後の力を振り絞って手を伸ばした。
血に濡れた指先が、私の頬に触れる。
「ひとりに、しないから。」
その言葉と共に、あの子の体は紫の光へほどけていった。
肉体は砕け、魂は刃となり、一本の剣へ姿を変えた。
黒い柄。
紫紺に脈打つ刃。
握った瞬間、私の中へ、もういないはずの鼓動が流れ込んだ。
それは救いではなかった。
呪いだった。
姉妹であることを失わないための、最後の祈り。
そして、二度と奪われないための、最初の憎悪。
私は立ち上がった。
もう双子ではない。
けれど、完全な一人にもなれない。
片手には、片割れの魂が姿を変えた剣。
胸の奥には、声にならない痛み。
私は冒険者たちを見た。
怯える者。
後ずさる者。
それでも神器を握り直す者。
私は、静かに告げた。
「もう、誰も帰さない」
それからの地下は、墓場になった。
私は冒険者を憎んだ。
魔物よりも。
村人よりも。
私たちを閉じ込め続けている、この扉よりも。
姉妹を裂いた者たち。
片割れを殺した者たち。
救いの名を借りて、刃を突き立てた者たち。
その全てを、私は敵と定めた。
本来なら、十五の刻に一度だけ放たれるはずの力があった。
「ツインノヴァ・バースト」
二つの魂が共鳴し、星の爆発めいた魔力を解き放つ双子の奥義。
封印の中でさえ、それは大地を震わせ、扉の外まで紫の光を漏らした。
だが、片割れが剣となったことで、力の流れは歪んだ。
私は呼吸するたびに、剣の中の魂と共鳴した。
一歩踏み込むたび、胸の奥で片割れが泣いた。
一振りごとに、二人分の怒りが世界へ叩きつけられた。
本来なら十五の刻に一度だけの光。しかしそれは、攻撃するたびに放たれる災厄となった。
紫の星炎が地下を満たし、冒険者の盾を溶かし、魔法障壁を砕き、名乗る暇さえ与えず命を焼いた。
そして十五の刻が巡るたび、さらに異なる光が剣へ集まった。
片割れを失った私の魂が、双子であった事実だけを掲げて空へ昇ろうとする。
二人で放つはずだった新星が、一人の体に押し込められ、悲鳴のように膨れ上がる。
「シングルノヴァ・アセンション」
それは、双子ではなくなった私が放つ、孤独な新星だった。
一人分の肉体で、二人分の終焉を背負う技。
撃てば撃つほど体は裂け、魂は削れ、剣の中の片割れもまた苦しむ。
それでも私は止まらなかった。
止まれば、片割れが本当に死んでしまう気がした。
憎み続けなければ、自分だけが生き残った罪に押し潰される気がした。
だから私は冒険者を殺した。
殺して、殺して、殺して。
誰も来なくなった地下でさえ、扉の向こうにいるはずの冒険者たちを憎み続けた。
長い時が過ぎた。
扉の鍵は幾度も失われ、幾度も見つけられた。
冒険者は幾度も訪れ、幾度も帰らなかった。
私の涙は、とうに枯れていた。
剣の中の片割れの声も、もうほとんど聞こえない。
ただ時折、夢の中でだけ、あの声が聞こえた。
「ひとりにしない」
そのたびに私は、剣を抱いて眠った。
眠りながら、誰にも聞こえない声で謝った。
ごめんね。
まだ、終われない。
ある日、扉の向こうに、銀髪の冒険者が現れた。
彼女がどこから来たのか。
何を背負って、なぜここに辿り着いたのか。
私には何も分からなかった。
彼女は扉を開けても、名乗らなかった。
武勲を誇ることも、報酬を口にすることもなかった。
ただ、私を見た。
もはや大人になってしまった、私の体を。
もういない誰かの声だけを守り続ける怪物を。
銀髪の冒険者の瞳は私を射抜いた。
まるで、別のどこかで同じ顔を見たことがあるかのように。
彼女の腰で紫の双剣がかすかに鳴り、片割れの剣も応えるように紫に輝いた。
その双剣を、私は知らない。
知らないはずなのに、胸の奥が痛いほどざわついた。
地下全体が、星の死骸のように震えた。
戦いは、これまでのどの戦いとも違っていた。
私は何度も何度も、ツインノヴァ・バーストを放った。
銀髪の冒険者の周囲で紫の爆光が弾け、床が砕け、壁が融け、空気そのものが悲鳴を上げた。
だが銀髪の冒険者は倒れなかった。
私は叫び、片割れの剣を振るった。
十五の刻が巡った時、剣の中に黒紫の光が集まった。
「シングルノヴァ・アセンション」
孤独な新星が昇る。
二人であることを失った魂が、なお二人であろうとするための、あまりにも痛ましい光。
銀髪の冒険者はその光を真正面から受け止めた。
膝が沈む。
腕が震える。
銀髪が紫に染まる。
それでも、彼女は立っていた。
私は初めて知った。
私の奥義「シングルノヴァ・アセンション」は、放つごとに力が増幅していくのだと。
ほかの冒険者はこの一撃で塵すら残らなかったから、そんな性質が眠っているとは知らなかった。
戦いは長引いた。
片割れの剣から、か細い声が漏れた気がした。
それは助けを求める声だったのか。
止めてほしいという声だったのか。
あるいは、ただ残された片方を呼ぶ声だったのか。
私には、もう分からなかった。
最後の一撃は静かだった。
銀髪の冒険者の双剣の片方が、私の胸を貫いた。
痛みはあった。
けれど、不思議と恐ろしくはなかった。
長い長い夜の終わりに、ようやく朝を見つけたような痛みだった。
片割れの剣が床に落ちる。
紫の光がほどけていく。
私は膝をついた。
枯れたはずの涙が、頬を伝った。
意識が落ちる前、彼女の手にある紫の双剣が見えた。
この因果には存在しないはずのその双剣は、まるで私たちを心配しているかのように、淡く光り輝いていた。
その時、地下にあるはずのない風が吹いた。
冷たくも、暗くもない風だった。
遠い空の匂いがした。
白い花のような光が、崩れた天井の隙間から降りてくる。
私の前に、誰かが立っていた。
顔はよく見えない。
名前も分からない。
けれどその存在は、死を裁くものではなく、迷子の手を取るために来た誰かのようだった。
その背後には、眩しいほど穏やかな道が続いている。
私は顔を上げた。
光の道の先に、かつてともに過ごしていた少女が立っていた。
同じ顔。
同じ瞳。
同じ声。
ただ、あの日と同じように手を伸ばしている。
「遅いよ」
片割れは、少しだけ困ったように笑った。
私は泣きながら笑った。
「ごめんね」
「うん」
「ずっと、ひとりにしてごめんね」
「うん」
「会いたかった」
その言葉に、片割れは首を振った。
「わたしも、ずっと一緒にいたよ」
私たちは抱き合った。
地下に残っていた紫の光は、すでに白い粒となって消えていた。
私たちを縛り続けたものは、もう何一つ残らなかった。
床には、一本の剣だけが残った。
黒い柄も、紫紺の刃も、もう輝いてはいない。
けれど銀髪の冒険者がそれに触れた時、ほんの一瞬だけ、二つの小さな鼓動が重なった気がした。
その一本の剣は最上級の神器として、この因果には存在しないはずの紫の双剣と並び、銀髪の冒険者の手に渡った。